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同上 「はじめに」

  • redvine
  • 1994年4月18日
  • 読了時間: 4分

 この小冊子は、一九九三年五月一三日に急逝した、われらが畏友牧野義隆が生前に発表した文章のうち現在入手しえたものと、彼 の死後自宅に残されたノートに記されていた文章のごく一部を編者の責任において選択し収録したものである。配列はおおむね年代順に五つの章にわけておこな い、それぞれの章の冒頭に簡単な解題を付した。

 牧野はここ数年体調の不良に悩まされてはいたが、こんな突然の死に襲われるとは誰も夢想だにしなかった。本人自身、忙しい仕事にようやくひと区切りをつけて、本格的な診断と療養のために入院した直後であり、おそらく死の予感もないままの急変であったに違いない。

 それにしても、享年わずか四六。あまりにも早く惜しい死であり、残念というほかない。 

 残されたご家族、母堂久栄さん、妻忍 さん、それに司くん、遼子さん、悠子さんらの驚きと悲しみの深さは察するにあまりある。みんなで力を合わせて、悲しみをのりこえ、強く生きていってほしい と心から願わずにいられない。

 情誼に厚く、人と人をむすびつける要でもあった牧野の死は、多くの友人にとっても痛切な打撃であった。その喪失感は日を追ってむしろ大きくなっている。

 牧野の存在とその思想は、彼と出会った少なからぬ人々に影響を与えたし、とくに友人のなかではきわめて大きな重みをもっていた。われわれはおそらくこれからも、なんらかの局面で、自分にとっての彼の存在の意味を振り返り、彼の言葉をかみしめることになるだろう。

 そうした思いに強く駆られた編者は、なによりも自分自身が牧野の書いたものを改めて全部読んでみたいと思い、そして願わく ば、牧野という人物の存在とその価値を近しい人々以外にも知ってもらいたいと考えて、遺稿集の編纂を思い立った。そして、ご遺族や何人かの友人に協力をお 願いして、牧野の遺稿の収集に取りかかった。

 しかし残念ながら、いくつかの事情から、満足のいくかたちで遺稿を集めることができなかった。

 第一に、天王寺中学−大手前高校−静岡大学の学生時代には、発表した文章もかなりあり、彼独特の几帳面な字で綿密につけられ た「ノオト」も大量にあったはずなのであるが、本人自身がいくつかの機会に処分しており、関係者もほとんど保存していないため、それらを捜し出すことがで きなかった。

 第二に、牧野は一九六九年の一〇・二一闘争を区切りに学生運動(革命運動)から離脱するが、その総括を獄中(中野刑務所)から同人誌『布石』に発表して以降、自分の考えを文章にまとめて発表することをほとんどしなくなった。

 もちろんこれは、彼が自分の生き方について思想的に深めていく作業をやめたということではない。特許機器という会社や家族の中での役割を誠実に果たしながら、そのこと自体をも含めて、牧野はつねに自分の生活にたいして意識的であった。

 そうしたなかでは、八四年に友人たちと「櫂の会」を結成して、以後六年間、毎年例会でさまざまなテーマをめぐって討論し、そ の内容を機関誌に発表するようになったことは、思想者としての牧野の新たな活動の展開を予感させるものであった。しかしそれも、結局は、まとまったものと しては第二回例会レポート「日本的なるものをめぐって」が残されるにとどまった。

 第三に、ここ十数年の牧野の思想的研鑚を示すものとしては、二〇冊に及ぶ「読書ノート」が存在する。しかし、そのほとんどが 読んだ本の抜粋やまとめであり、感想やコメントが散在するものの、そのなかから牧野自身の思想を抽出して遺稿集に編集することが、なかなか困難なのであ る。

 そうした事情のうえに、さらに編者の側の個人的事情が重なって、今の段階では、牧野を直接知らない人にも、その人物像と価値をじゅうぶん理解してもらえるようなきちんとした「遺稿集」を発行することは無理であると判断した。

 そこで、ともかくも一周忌に間に合わせるかたちで、友人・仲間のあいだで牧野を偲ぶ素材になればと思い、比較的まとまった文 章を集めて「遺稿抄」と名づけた小冊子を作成することにした。編者としてはこれが、他日、より本格的な遺稿集なり追悼集を発行する呼び水になればと願って いる。

 したがって、この小冊子の作成にあたっては、遺稿ノートの提供をはじめ、牧野忍さんから多大な協力をいただいたことに深く感謝するが、内容に関する責任はあげて編者にあることを付言しておく。

 なお、表紙のタイトル文字は、遼子さんと悠子さんに一枚一枚心をこめて筆で書いてもらったものを直接貼りつけた。牧野の遺稿集にふさわしい装丁になったと思う。ありがとう。


  一九九四年四月一八日                             赤 松  英 一

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